紙のラジオ

だから、読者よ、わたし自身がわたしの書物の内容なのだ。きみが、こんなにも取るに足らない、こんなにもむなしい主題のために時間を使うのは分別のない話ではないか。では、さようなら。

われわれ日本人にはわからない

新聞抜き書き 2019年6月7日 朝日新聞夕刊

ほんとうの日本人⑤ 作家のリービ英雄さんについて

 米国生まれのリービは、日本語で小説や評論を書く。(…)
 「5年前に日本の永住権をとりました。ただ苦労してとった瞬間、『このことと文学とは、何の関係もない』とつくづく思った」(…)
 リービは安部公房の芝居を英訳したことがある。戯曲に出てくる象が一頭なのか群れなのか、どうしても分からなかった。分からないと、英語には移せない。直接、安部に聞いた。作家は「われわれ日本人には分からない。リービくんが決めなさい」と答えた。
 その数十年後、日本語で小説を書く作家となったリービのデビュー作が英訳されることになった。
 「翻訳者のアメリカ青年が『領事館のこの警備員は、単数ですか複数ですか』と問うた。ところが、わたしには分からなかったのです。『分からないから、あなたが決めてください』と話しました。このとき、安部さんが言った『われわれ日本人』の、われわれの中に入れた気がした」

雑記:矛盾できるというのはとても高度な仕掛け

 最近は、たとえば「なんぴとも殺してはならないが、生きる為には何かを殺さないといけない(宇宙に干渉しなくてはならない)*1」みたいな矛盾に会ったときに、人が拵えた理という筋道しか動けないよりも、いつでもそこから逸脱して矛盾できることってとても高度だと思って感心する。

 人の理性や論理、考えって不完全で間違える可能性がつねにあるものだから、矛盾できるというのは考え通り動かないことに間違いを避けることもできるというプログラム上のムチャクチャ高度な仕掛けなんじゃないかなとか思っている。自分の考えた通り、理屈の通りしか動けないとバカな考えを持っちゃうと人は速攻死んでしまう。またはいくら理がとおっていても、その理を持ち出すのが正しいかはわからないとかね。

 ところで冒頭の考えに戻ると、他人って殺してはいけないものじゃなくてべつに殺すのは普通(食べてるし)、でも必要ないのに殺すのは水道の水出しっ放しにするみたいに勿体ないし無駄な行為だというだけのことじゃないのかな

*1:なぜ宇宙に干渉しなくてはならないと書いているのかというと自分が生きる為に何かを殺すことを悩む際に動物ならよくて植物ならいいのか、身体の中の細胞はどうなんだ、とかどんどん広げていくと、んじゃ酸素吸って二酸化炭素をはくのはどうなの?結局この宇宙の全てのものが全てのものと反応して宇宙を変えまくってるじゃないのという事に行きつくからです。

雑記:無知と知をともにつねに持ち歩く

 「人工肛門について知ってほしいこと」という記事のタイトルが目に入ったのだけれどその記事は読んでいないし私は人工肛門についてほとんど何も知らない。SNSなどで「○○について知ってほしいこと」という文脈で目に入るものは無数にあって、寒い土地では猫が車のエンジンルームや車輪の上などにいたりするので車に乗り込む前にボンネットをバンバンたたくようにとか(本当?)、難病についてであるとか、ベビーカーや車いすを伴って外を歩くことであることとか、LGBTQ+とカテゴライズされる人々についてだとか、タトゥがあるゆえの苦労とか、都会に暮らす大変さ、そばアレルギーのひとへの注意、猫に食べさせちゃいけないもの、いくらでも無限にある。

 実際わたしが知らないことも無数にあるし、無知ゆえにだれかを傷つけたりよけいな手間ひまや無駄を増やしたりする可能性もまた無限にある。じっさいにそれをくり返して生きてきたとも言える。そのような構造の中で「○○について」一つ一つモノを知っていき、結果的に「全て知っている」という状態に至るのは不可能だ。
 もちろん知らない単語に出くわすごとに英和辞書を引くように、機会ごとに知識を増やしていくのは大事なことだと思うけれど、この世界には無限の未知があって、ひとつひとつそれを埋めていくということが必ずしも効果的であるとも思えない。結局のところ、いくら何かを声高にアピールしても啓蒙しても絶対に無知な人はつねに存在するし、そして自分の無知もつねに持ち歩くことになる。

 とすると合理的な「知」というものは、自身の未知に対する謙虚さであるとか、未知のものに対する礼儀とか、逆に無知な人間に対する親切さであるとか、知識の有る無しでないメタなところの有り様であったり、それをはぐくむような教育のほうが知識そのものよりももう一段大事なことなのだ。

 最終的にはたとえ何も知らなくてもナイスに振る舞えるみたいなのが知的ということなんじゃないか、とかわたしは家の猫を眺めていると思う。猫は何かを知っているということで威張ったり誰かを見下すようなことは絶対にしない。私も彼らを参考にしたい。

今週の一曲 Flying Lotus の All Spies

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All Spies · Flying Lotus