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紙のラジオ

だから、読者よ、わたし自身がわたしの書物の内容なのだ。きみが、こんなにも取るに足らない、こんなにもむなしい主題のために時間を使うのは分別のない話ではないか。では、さようなら。

第9号:「もったいない」は不思議なことば

おリス通信

あるブログ記事より

seramayo.hatenablog.com

 これ、すごく面白く読んだ。読んだ人はどちらの気持ちもわかる(ですよね?)ってとこがいいですね。

 確かに僕も似たような状況に対してふと(何も考えずに)「もったいない」のような言葉を使うことがある。マイケル・ジョーダンがいきなりゴルフやり始めたときとかね*1。しかし、なぜ何の関係もない他人が他人に対してふと「もったいない」と思ったり、実際にその言葉が口をついて出てしまうのか?と考えるとよくわからない。不思議だ。ということで今日はその構造について考えたい。なぜなのか?

 上記ブログ記事には、タイトルの通り京都大学という学校を卒業した女性が、現在専業主婦をしていることを他人に言うと「もったいない」と言われることが幾度かあった、ということが書いてあります。おそらく彼女は自分の選んだ状況に対して他人が「もったいない」と言うことを少なからず不快に感じている。
 まず最初に言っておくと、他人の状況に対していちいち口出しするのは越権であり、思いついたことを考慮せずそのまま口に出すのもお互いの関係性や感覚のズレ次第ではトラブルになるので注意がいる…といった基本的な礼儀や、京都大学を出て主婦をしている(というのも人間を捉えるにはあまりにも大きな把握だけど)のはもったいないことなのかそうでないのか、ということはここでは考えません。私は『人がふと、何かに対して「もったいない」と言う/思うことについて』だけを考えます。

で、「もったいない」とはなんなのか?

 いきなり結論から書くと「もったいない」というのは「その人(もの、こと)への個人的な感情/感想というよりも、社会や天秤による目線の代弁なのではないかということですね。なにか各人が社会や天秤の理想の状態のようなものを想定しているように思える。

 私もカレーを大量に食べ残したときなど「あーこれ捨てるの勿体ないな。アフリカとかお腹を空かせたホームレスの人のところにパッと飛んでかないかな」とか、カレーは行きたくないかもしれないのに勝手に思う。それはカレー自身のことは全く考えずに、ただ社会の天秤の不釣り合い*2のようなものを目にして(いる気になって)ふと思ったり声に出す。なのでカレーは「いや、僕はこのままあなたの家のゴミ箱に入って満足です。あなたは満腹になったのですから。アフリカいくのダルいし」と思っているのかもしれないけれど、そのときすでに私の頭の中での主たる対象は「お腹をすかせた誰か」に移っていて、カレーの都合は全く考えていない。ここが上記ブログで言及されている出来事でも生じているズレですね。それがカレーに対して失礼なのかもしれないけど、とにかく礼儀の問題は置いといて、そーいう構造になっているということがいいたいわけです。

 で、「もったいない」ということばは、その対象(カレー)がどうあるかということよりも、その対象を含んだ社会のようなものの不均衡をもうちょっと均せるんじゃないかというときにふと口をついて出てしまうんじゃないかと思われます。このカレーはゴミ箱に入るよりもお腹をすかせている人の胃袋に収まった方がよい状態だろうと。その言葉の背後には個(カレー)を見透した向こうに社会や天秤のようなものがある。言われた方はまさに自分のこと、自分の状態を言われているように感じるんだけど、実際には個に対してだけ使われているわけじゃなくて、もっと大きな(対象を含んだ)概念の状態に対する感想であったりする。のではないでしょうか。

 たとえば戦争で若くてこの世の春みたいな人達がガンガン死んでいったら「勿体ない」と思うとして、いや、本人たちは死にたかったかもしれないでしょって言うのと、で、実際に死にたかった人たちだけで軍を編成していたとしても「もったいない」という外野の感想は成立する。それは測量器械の発する数値のように(感情よりも記述のように)言ってる。

 このように「もったいない」という言葉は「各人が社会や天秤の理想の状態のようなものを想定しているように思える」というところと「言われた方は自分の状態(だけ)について言われているように感じる」というように同じ言葉を介しているのに発する側と受け手の指し示す内容に微妙なズレが生じやすい構造になっているんじゃないか、そーいうのって不思議で面白いなと思ったというお話でした。

今週の一曲

www.youtube.com

 Theo ParrishMoodymannに通じるジャズ/ファンク感ハウス。ドイツのハウスユニットMax Graef & Glenn Astroのシングル曲ですね。ムチャクチャいいです。NinjaTuneから5/28日(三日後!)発売の1stアルバムは、ジャケも音も最高なので興味を持たれた方はチェックしてみてください。Max GraefもGlenn Astroもソロ作ではヒップホップのようなビートも鳴らしているんだけどこのユニット名義ではリズムはハウスに近い。

おまけ

 冒頭であげたブログ記事には様々な人が様々な角度から各々の意見を寄せていて、それらを眺めていると面白い問いがどんどん出てくる。以下本稿で述べられなかった問いなどを列挙しておきます。

・各人が「もったいない」と発する際に思い描く社会の不均衡図にはどのような正当性があるのか
・人が、他人から「もったいない」と思われる状態にいることはどーいうことなのか
・なにが「もったいなくない」状態なのか
・そもそもそんなことを他人に言う権利はあるのか
国公立大学へ行った人は社会のためになにか(恩返し)をしないといけないのか
・人は社会に対して何をどのように還元するべきなのか
・何が社会に還元したと看做せることなのか
・そもそも人はどんなふうに社会の恩恵を受けているのか、何が社会の恩恵でそうでないのか
・そもそもそんなこと考える必要があるのか
・完全に自分のことだけ考えてればいいんじゃないか

いろいろ思うことがあってそれぞれについて考えるのも面白そうなのですが、それについてはまた今度。いつかの機会に書きたい。

*1:これはほんとうにあったことだけど嘘

*2:ゴミ箱に入るカレーとお腹をすかせた人