紙のラジオ

だから、読者よ、わたし自身がわたしの書物の内容なのだ。きみが、こんなにも取るに足らない、こんなにもむなしい主題のために時間を使うのは分別のない話ではないか。では、さようなら。

作業日誌:170706 - 嘘はいけないね

感想文の作法

 その体験自体はつまらない作品や文化でも、それについてあれこれ文章を書くのはおもしろいし、文章そのものもおもしろいっていう書き手や文章がものすごく増えてて、でその人たちは「いや、実物はつまんないですよ」とわざわざ言わないってことに自覚的でないという問題があるのかもしれない。

 たとえばクラブ音楽やクラブ文化についての文章はおもしろいんだけど、クラブイベントやクラブという場所そのものは行ってみると実際けっこうつまんない(UstreamYoutubeで放送されているのを見る方が楽しかったりする)ということがある。ものすごくおもしろいときもあるけど、それはごく一部/一瞬だったりとか。ごく一部というのは、それを褒める/すごいものだと紹介する文章の分量に比べてでもある。もちろん最初から最後まで楽しんでいる人もいるだろうし、クラブの現場や音楽が好きでたまらないという人もいるだろう。しかしここで私が問題にしたいのは「それについて書かれた文章」と「実物」の差異についてである。

 現代美術でも作品のコンセプトや文脈に対する姿勢や提示する概念、その文章はすごく説得力があるけれど、作品そのものや展示空間はつまらないというのもある。身近なところではマンガについておもしろおかしく書いてあるけどマンガ自体は読んでみるとつまらない、音楽のアルバムや音源についていろいろ書いてあるけど結局はただの音楽で早飽きてすぐ送りしてしまう。などいろいろある。

 ネットの文章を読んでいるとこのような体験があまりにも増えた気がするので、なんでだろうかと考えていた。答えはほぼわかってるんだけど、んじゃなぜその「答え」がはびこるようになったのか。まず答えを下記事から引用する。

凍雲篩雪 - 猫を償うに猫をもってせよ

Car qui de sentiment ne fait,
Son ouevre et son chant contrefait

本当の内心の情熱なしに、表わそうとする感動を自分で感じないで、ものを書いたり、作曲したりするのなら、何もしない方がましである。なぜなら、それはつねにうそだからだ

 ギョーム・ド・マショールというひとの言葉らしい。

 ようするに、それは嘘だからだ。嘘を読んでいるからつまらないのだ。とても単純な答えである。「レビューで嘘をつこうがつくまいが、つまらないマンガはつまらないだろう」という意見が飛んできそうだ。それはそのとおり。だがウソによってつまらなさを隠している文章と、つまらなさを前提としてそれを好きな人が中立的なバランス感覚と愛をもって書かれている文章は違う。嘘と情熱と、どちらかに触れてからその作品に触れることも別物だ。事前の情報が違うことによって楽しみ方も変わるのだから。B級映画について書かれている文章と流行りのマンガについて、流行りの音楽について書かれている文章は(すこし)違う(すべてとは言えないが)。それはつまらなさを前提としているが故に「楽しもうとすること」という視点が導入されているという違いなのかもしれない。が、しかし何が違うのかについてはまだよくわからない。

 SNSによってだれもが文章を書くということの弊害がこれだろうか。嘘が嘘と自覚されずに書かれてしまうこと。今はだれもが自らすすんで、タダで嘘を書く時代なのだということなのだろうか。自覚のある嘘としては、それでお金をもらっている人の商品レビューの文章がある。これは(媒体やモノに依るけれど)私にはつまらなくなった。それは愛の結晶である確率がほぼないからだ。つまらない。

 ところで少し違う角度のつまらなさについて書いておくと、SNS以降の表現の口述に「作品そのものでは完結しない」「受け手があれこれすることであれこれ」みたいなメタ視点を含んだものが普通になったし、まあそれはそれでべつにいいんだけど、シンプルに「それそのもので完結してないもの」はけっこうつまらないものだということがはっきりしてきたのかもしれない。

 何はともあれ嘘はよくないね。嘘になるということに自覚的でないと、これもよくない。

天才とはアインシュタインのことである?

 よく天才の例でアインシュタインが出てくるんだけど、たとえば他の惑星に知性のある生き物がいづれ相対性理論を導きだす(イーガンの小説…)だとか、もしくはもっと簡単に地球にアインシュタインがいなくても他の誰かがいづれ相対性理論を発見していたとしたら、たとえばアインシュタインのどんなところをさして天才だというのだろうか。

 でもノイマンアインシュタインが一番の天才だと言っていたように(アインシュタインノイマンが一番の天才だと言っていたらしい)やっぱその他様々な細部にわたる総合的な天才さ、他との違いのようなものがあるんだろうか。どうかな。

今日のBGM : Funkin Even - She's Acid

www.youtube.com
 あまり情報は無い。eglo recordsの人と言うことしか知らない。この曲もegloのコンピCDで知った。地味だけどいい。