紙のラジオ

だから、読者よ、わたし自身がわたしの書物の内容なのだ。きみが、こんなにも取るに足らない、こんなにもむなしい主題のために時間を使うのは分別のない話ではないか。では、さようなら。

雑記:Joi ItoとMIT Media Lab周辺のことがらについて

 ここ数日MIT Media Lab所長のJoi Itoこと伊藤穰一に関連したニュースを追っていた(九月十日現在辞任)。当記事ではその際に見かけたものや感じたことなどを雑多に羅列しておきたい。以下人物名など敬称略、だけど雑です。

 私が興味を持った起点としてのニュースは、Joi Itoがジェフリー・エプスタイン(Jeffrey Edward Epstein)からメディアラボと自身の投資ファンドへの資金援助を受けていたこと、ジェフリー・エプスタインからの資金だということを隠蔽していた(と解釈できる)ことがNew Yorker誌の記事として掲載されたものだ[*1]。その後、Joi Itoはメディアラボを辞任した(記事と辞任に直接の関係があるのかは明言されていない)。Joi Itoからの前述の記事への反論はまだ出ていない。メディアラボは現在、事実の究明のための調査を行なっている[*2]とのこと。

  上記New Yorkerの記事が核心だが、それ以前からも含め一連の流れは日本のギズモード[*3]やはてなの増田記事[*4]にわかりやすくまとめられている。他にもBoing BoingやWIRED Magazineに寄稿していたライターのXeni Jardinさんの「以前からメディアラボ内での疑惑についてNew York Timesへ情報提供をしていたがもっとも大事な部分は掲載されなかった。今回New Yorkerに記事を持ち込んだローナン・ファーロウ(関係ないけどウディ・アレンの子!)に感謝するといった発言[*5]もあった(当時Joi ItoはNYTimesの理事で現在は辞任)。参考までに。

Xeni Jardin @xeni
I told the @nytimes everything. So did whistleblowers I was in touch with inside @MIT and @Edge. They printed none of the most damning truths. @joi is on the board of the NYT. THANK GOD FOR @RonanFarrow

1.論点の明確さ

 この騒動でもJoi Itoのメディアラボ辞任についての論点が明確なところはさすがは「空気」というものの希薄な米国メディアで、日本にいるとこれはすごく良いところだと感じてしまう(あたりまえのことなのだが)。「エプスタインからのお金は受け取っちゃいけないお金と知ってたでしょ、で受け取ったことを隠して嘘ついたでしょ」というところが論点だ(Joi Itoからの反論はまだ出ていないが)。雰囲気や空気で辞任したり何に対して謝罪しているのかわからない騒動など、日本だと当たり前という感覚がある。この点はわれわれ一市民としても明確に意識していきたい。

2.メディアラボの功績について

 私はメディアラボやそこに属する人びとの業績についてあまりよく知らない、とTwitterに書いていたらこの記事を教えていただいた。[*6

MITメディアラボが「世界を変えた」イノヴェイション9選(動画あり)|WIRED.jp

 記事内の動画を見ると、我々が現在利用しているモバイルデバイスGPS、そして自動運転技術など今後も発展していきそうな発明もあった。それらの技術に実際どれほどメディアラボの研究が貢献しているのか門外の私には知る由もないが、今回の出来事だけによってMIT Media Labの活動を衒学的だ、実のないものだとは言えないだろうとは思う。

3.エプスタインからの資金援助はJoi Ito就任以前から

 MIT Tech Reviewの記事中[*7]にちょっとした情報をみかけたので貼っておく。Joi Itoが所長になる前からエプスタインからの資金援助は受けていたということらしいです。

MITのラファエル・レイフ学長は8月下旬、MITコミュニティ宛てのメールで大学の「判断の誤り」を認めた。 MITはエプスタインから20年にわたって80万ドルを受け取った。その一部は伊藤が所長になる以前のもので、そのすべてがメディアラボまたはMITのセス・ロイド教授に渡されていた。

4.名前を言ってはいけないあの人…

 New Yorker記事内に書かれていたのだけれど、エプスタインからの寄付ということを隠すため氏のことをハリー・ポッターシリーズのヴォルデモート卿、「名前を呼んではいけない存在」と記していたというのはおもしろい。私はハリー・ポッターシリーズを知らなかったのでTwitterで指摘されて初めて知りました。

The effort to conceal the lab’s contact with Epstein was so widely known that some staff in the office of the lab’s director, Joi Ito, referred to Epstein as Voldemort or “he who must not be named.”

ヴォルデモート - Wikipedia

後に英国魔法界を混乱に陥れると、多くの魔法使いは恐怖のあまり「ヴォルデモート」の名を口に出すことさえ恐れるようになった。そこでヴォルデモートを示す言葉として例のあの人 (You-Know-Who) 、名前を言ってはいけないあの人 (He-Who-Must-Not-Be-Named) などが用いられる。

5.スプツニ子!さんについて

 日本語圏SNSや記事の一部からスプツニ子さんの名前が上がっていたのでなぜかと思ったら、スプツニ子さんは元メディアラボ助教授であり、ニューヨーカー記事で "The effort to conceal the lab’s contact with Epstein was so widely known ..." と書かれているのでJoi Itoと当時近しかった人はエプスタインからお金を受け取っていることを知っていたのではないか、ヴォルデモート卿とか呼んでたんじゃないかということらしい(と私は解釈した)。ちなみにニューヨーカー記事の出る前(隠蔽と疑われる行為が記事となる前)にはJoi Itoを支援するサイトが発足した[*8](現在は消えている)のだが、そのサイトではJoi Ito氏を支援すると表明しているメディアラボ関係者も多かった。ということは研究所関係者の認識としてエプスタインからのお金だと "widely known" だったけどそれでもいいじゃんという認識だったのか、それもJoi Itoが隠してたので支援者も知らなかったのかはわからない。スプツニ子さんは前掲の支援サイトに名前を連ねてもいないし(サイト下部 Anonymous (x33) に含まれるかは不明)、自身のinstagram*9]でエプスタインとの関係も知らなかったし支援を受けるべきでない、と書いている。

I am saddened to learn of the involvement of Media Lab with Jefferey Epstein. Donations from such a person should never be accepted.

結び.お金を受け取るのは難しい

 この事件で私が考えるのはお金や資源というもののつながりと、それに善悪の判断を下す基準の難しさだ。端的にいうとエプスタインのお金は受け取ってはいけない「汚い」お金なのだろう。だが社会というものは繋がっているものだ。エプスタインがティッシュを買うためにコンビニでお金を使うこともあるだろうしホームレスにあまった小銭をあげることもあるだろう。エプスタインのお金で研究ができたという側面は確かにある。もっと言えば純真無垢だった頃のエプスタインがバイトで稼いで地中に埋めた当時のお金であれば「綺麗」なお金だと言えないこともないだろう(これは冗談)。お金はパンも武器も教育も買えるものなのだ。お金だけでなく、たとえば南方熊楠も学んだ大英博物館にある所蔵品には過去の戦争や略奪によって運び込まれたものもある。そこで現在学んでいる人々の知識は血や汚辱によって汚れていないと言えるのだろうか?私たちの生活に即しても、私たちが踏む道や電線だってどんな人が払った税金でできているのかわからない。完璧なクリーンネスというものは求めるべくもない。だからこそ明確なルールや基準を設けようというのは必要なことだと思う。

 といった極論までいかなくとも、とかくお金を受け取るのは難しいということをボストン・グローブが書いている。
MIT Media Lab offers painful lesson on donations - The Boston Globe
以下引用と雑な翻訳

 Facebook has repeatedly misused our personal data, and violated government agreements after being caught. Should founder Mark Zuckerberg’s money be shunned?
 Whose money is clean and whose money is not? What kind of behavior puts you off-limits?
These can be tough questions to answer.
 But here’s a place to start: If your development officer doesn’t want a donor’s name to be widely circulated, then don’t take the money. Joi Ito took the money even though he was ashamed of where it came from. That’s why he had to resign.

 Facebookは私たちの個人情報を何度も悪用し、being caught(悪事が公になってから?)も政府との取り決めに反しました。さて、マーク・ザッカーバーグからのお金は拒否すべきものでしょうか。
 誰のお金がきれいで誰のお金が汚れているのか?どのような行いが「ダメな」行いなのでしょうか?答えるのは難しい問題です。
 しかしここから始めましょう。もし寄付者の名前を知られたくないなら、その人からお金を受け取ってはいけません。Joi Itoはどこから来たのか公にできないお金を受け取りました。それが彼を辞任させた理由です。

 今回の件に関しては「出どころを隠さなければいけないような相手からお金を受け取ることは間違いだ」ということですが、ではどんな寄付者なら知られたくないのか/隠す必要がないのか、という基準は明確でないので結局よくわからない。エプスタインが生きていたときには彼が悪な存在だったとして、その影響力を広げるようなことに加担するのはよくないといえるかもしれない。エプスタインの関わっていた(とされる)ことのような「現在進行形の問題に加担するな」と言えるかもしれない。でもそれだって明確に判断できることでない。いや難しいですね。おわり。

今週の一曲:213 213r by Bogdan Raczynski

www.youtube.com
日本にも住んでいたことのあるブレインダンスミュージック(懐かしい言葉)アーティストのボグダン・レチンスキは長い間活動が休止していたのだけれども2019年4月に唐突にリリースしたアルバムから一曲。牧歌的で「あの時代」の曲って感じでいいです。

脚注

*1:・How an Élite University Research Center Concealed Its Relationship with Jeffrey Epstein | The New Yorker https://www.newyorker.com/news/news-desk/how-an-elite-university-research-center-concealed-its-relationship-with-jeffrey-epstein

*2:・Letter regarding updates on the Media Lab | MIT News http://news.mit.edu/2019/letter-regarding-updates-media-lab-0910

*3:伊藤穣一氏がMITメディアラボ辞任。エプスタイン事件経緯とMITメディアラボの対応のまとめ | ギズモード・ジャパン https://www.gizmodo.jp/2019/09/joi-ito-resigns.html

*4:伊藤穣一氏がMITメディアラボ所長を辞職したのは嘘がばれたから https://anond.hatelabo.jp/20190908182812

*5:https://twitter.com/xeni/status/1170352857952002048

*6:https://twitter.com/shinji_kono/status/1171231568326582272

*7:・MIT Tech Review: エプスタイン資金問題を受け、メディアラボの総会で話されたこと https://www.technologyreview.jp/s/161758/mit-media-lab-founder-i-would-still-take-jeffrey-epsteins-money-today/

*8:wesupportjoi.org

*9:・Sputniko!さんはInstagramを利用しています https://instagram.com/p/B2IeLrZjkjU/?igshid=10jkjv38bk9zv