紙のラジオ

だから、読者よ、わたし自身がわたしの書物の内容なのだ。きみが、こんなにも取るに足らない、こんなにもむなしい主題のために時間を使うのは分別のない話ではないか。では、さようなら。

読書メモ:村上春樹『壁とその不確かな壁』

 読み終わったので雑にメモ。
 飛ばして書いているので村上春樹を読んでない人には全く意味のわからない文章になっているでしょう。

 文學界バージョンを『旧)街と、』最新作を『新)街と』と表記します。

 『旧)街と、』は『ピンボール』の次に書かれており、村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』の校庭で首を吊っていた女性から書き続けている死者巡りというモチーフをほとんどそのまま直截に描いている作品である。その後『旧)街と、』は『世界の終わりと〜』という作品に書き直された(と思われていた)が、『世界の終わりと〜』は自分が自分の内面を探索する物語となっていた。
 『旧)街と、〜』で描かれていたもののうち『世界の終わりと〜』で語られなかったものは何か。それが「直子問題」、村上春樹を小説を書くように突き動かした唐突に消えてしまう謎としての他人とその邂逅(死者巡り)である(断定)!*1キャリア晩年となってまた作家の原点に戻るというのは必然性があっていいですね。
 …と発売前に考えていた。実際にはどうだったのかというと、まあ予想は大筋当たっていたんじゃないでしょうか。あとがきにもボルヘスの言を引いて「作家が一生のうちに真摯に語ることができる物語は数が限られている」と書いている。というかあとがきがある…

 でも今回は、これまで延々書き続けてきた、囚われ続けてきた直子問題を、他人に任せる、問題から自分が無関係になるという終わり方になっていて、そこが良かった。16歳で消えてしまった100%の女の子に対する執着は、その後歳をとり45歳になった自分から、特に関係のないほとんど通りすがりの(たまたま才能があっただけの)16歳の男の子の手に渡る。100%の女の子自身も、その子が消えてしまったという問題そのことすら自分は手放して無関係になることを選択する。これは解放を感じさせるいい終わりだった。かつて村上龍が「傷やトラウマはそれを癒すものではなく、それから無関係になるべきものなのだ」ということを書いていたけれども、村上春樹がついに直子問題から無関係になったのだろうか。このモチーフすらもう村上春樹は書く必要がないとなれば次作はどんなものになるのか。といってもとっくに関係ないこともバリバリ書いてるけど。

 ところで全然関係ないはずなんだけど、読了後、間も無く公開される宮﨑駿の新作映画はナウシカに関連した作品かもしれない、いや関連どころかかなり繋がりを感じさせるものなのかもしれない…と思った。少々パラノイアックだが。

雑多なメモなど

 ・影の話す「夢読み」の役割〝おそらくそれらの魂をーーあるいは心の残響をーー鎮めて解消することにあるのでしょう。それは影たちにはできない作業だ。共感というのは、本物の感情をそなえた本物の人間にしか持てないものだから〟
 ASDを思わせるようなイエローサブマリンのパーカを着た少年が「壁の中の街」で「ぼくは共感というものを少しずつ学んでいます。それはぼくにとっては簡単なことではありませんが、ほんの少しずつでも進歩を遂げてはいます。」と主人公に話す部分はとても感動的だ。「もし仮にぼくが普通の人であったとしたら、ぼくはきっとこうしてあなたと別れることに、悲しみというものを感じているはずだと思うのです」も非常にふつうでいい。

 ・あとまあ私は、村上春樹の小説を20年以上ほぼ全作読んでいるが、もうさっぱりわからない。意味不明。何やってんのか不明。そしてついていく体力もない。それこそガルシア・マルケスみたいにふつうに自然の日々における超常現象非日常やるにしても、なんとなくあまりに仕掛けに過ぎるというか「完全にでたらめではなくて、なにかをやってるんだろうな」というのが匂うので、隠された構造やパズルを完全に無視してただ読むだけというのにも微妙にストレスがかかる。しかし謎解き真面目にするほどの興味や体力はもうない。そこは頭脳明晰な批評家の人にお任せしたいのだが、あまり批評する人もちゃんと読んでないんだろうなというものばかりで諦めている。
 とにかくわたしはただ読むだけなのだが、ただ、ただ読むだけなら源氏物語とか古典作品を読んだ方がいいんじゃないかと思い続けて百年くらい経ってしまった。kill me

 ・同時に村上龍の『ユーチューバー』も読んだ…『壁とその不確かな壁』と比べると、なんかアホみたい(というと失礼だが)で、またとてもおもしろかった。これについては別の機会に書こうかと思うけど、それにしても馬鹿馬鹿しい気もするので悩んでいる。

参考リンク

村上春樹幻の中編小説「街と、その不確かな壁」を入手する方法
https://bobisummer.com/the-town-and-its-uncertain-wall/

今週の一曲: Jeshi - 3210 (Ross from Friends Remix)

www.youtube.com
 Ross from Friendsあまり聴いてないんだけどこのリミクスはエレクトロニカ的アレンジ入ってて好きです

*1:他にもことばというものに対する内省もあったが『新)街と』では完全に省かれている。