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紙のラジオ

だから、読者よ、わたし自身がわたしの書物の内容なのだ。きみが、こんなにも取るに足らない、こんなにもむなしい主題のために時間を使うのは分別のない話ではないか。では、さようなら。

作業日誌:170524 - 人は見た目が100割

今日のBGM : Ryuichi Sakamoto - undercooled

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 2004年の坂本龍一。この曲は当時エレクトロニカ・ヒップホップの文脈で聞いたんだけど、韓国語のラップは聞いた事なかったのでかなり新鮮だった。

作業日誌

 今日もくすりの副作用で体がだるい、手が震える。のでちょっと描いてふとんで横になる、またちょっと描いてふとんのくり返し。体の関節や関節じゃないところもなぜか痛い。本を持っていると手が筋肉痛になってくる。よくわからん。

 日誌のタイプは(いま)夜のぶんの薬を飲むまえにささっと書いちゃうことでクリアする。

 ところで作業の合間にサマセット・モームの『月と6ペンス』を読み直し。これがかつての大ベストセラーだったということは、今流行っている本も食わず嫌いせずに読んどいたらいいのかもしれないなとか思った。『月と6ペンス』は最初ちょっとタルいけど100Pくらい読んで家出したストリックランドに主人公が会いにいくあたりからおもしろくなります。

 今日も作業中にいろんなことを思えるほど集中できなかった。細かい部分は筆が揺れるので描けないけど大雑把な部分は手を入れた。新しい小さな絵に着手、別の二枚のキャンバスの下地を雑に塗った。

人は見た目が…

「なぜ日本女性は異常に外見にこだわるのか」って記事を見たけど、日本男性が女性の外見でその人のおおよそを判断しちゃうからじゃない?としか思えない。

 とあるひとのTwitterからの引用です。
 元記事はこれ
日本女性は、なぜ異常に外見にこだわるのか | ファッション・トレンド | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
 上記事ではフランスと日本のメイクやスキンケアに対する違いが主な論点だったんだけど、表題の疑問はおもしろい問いかけだと思う。でも体感では女性を見た目だけで選ぶ男もそんなにいないし(10人いたら1人くらい)男のためにメイクやお洒落している女性もあまりいない(10人いたら1~3くらいの)気がする。

 男から書くともちろん女の子が10人いてそのなかにものすごい美人がいればその美人はあるていど人気にはなる。しかしそれはある最初の引っかかりというか興味であって、実際にどうしてもその美人でないと連れ添えないとまで思っている男はほとんどいない。10人に1人くらいだという意味です。もちろんたとえば街ゆく10人のうち本を読む人が1人しかいなくても、本屋には本を読む人がたくさんいるように、美人に寄ってくる人のほとんどは見た目を重視している可能性があるというのは言えるかもしれない。でも基本的には美人しかダメだという男の人って希少種。というか美人だって相手を一人しか選べない以上美人の数しか美人じゃないとダメという男は成立しないわけだし。美人も世間にそんなにいないし。

 (不特定多数の)男のために化粧やお洒落をするという女性も少ない。キャバクラで働くなら仕事中はジャージですっぴんだとダメだと怒られるかもしれないけど、それは仕事のためですよね。たとえば男ウケする服装/ウケない服装があるとして、まいにちそこを狙ってその格好をしたくもないのにしているという人はほとんどいないでしょという体感。彼氏の好みだからとか今日は合コンだからとかという動機はわりといる。結果的に女性も10人のうち7~9人は自分の好きな格好やメイクをしているんじゃないかと。

 で、問いとしておもしろいのはヨーロッパやアフリカやアジアではわからないけど、アメリカではたとえばモールや学校や町中を歩いてて女性100人とすれ違っても「お洒落だな/ばっちり着飾っているな」ってひとは5人もいなかったりする。みんなフツーの格好というか、着飾っていると「芸能人かな」「金持ちなのかな」という感じ。ちょっと浮くくらい。日本に来てる観光客も着飾っている人ほとんどいないでしょ。

 それと比較して日本だと街ゆく女の子がみんな着飾っているなという感覚はある。これは本当にものすごい差を感じるんで「異常に」と感じる人がいてもおかしくないと思う。海外から日本に帰ってきた女の人で、日本だとみんな着飾ってるからどこ行くにもちゃんと服着て化粧しないといけないから疲れるという意見はけっこう聞いた。ただその着飾りの根本原因が「男が女性の外見でおおよその判断をする」からというのはやっぱりあまり無いんじゃないか(好きな人や彼氏がいるならそうかも)。んじゃ何なのかというと難しい…んだけど、ファッションやメイクに使えるお金や店やメーカーが沢山ある豊かさとかそういう社会環境がまずあって、芸能人とか広告とか同性の目とかによってつくられる同調圧力のようなものじゃないかな。根拠はないけどなんとなく。

ところで人の見た目とはなんなのか

 とちゅうからちょっと人の見た目や、「見た目で判断する」というのはどういう意味なのかということを考えていて、これはかなり複雑だ。いろんな論点がある…というか錯綜していてややこしいので明日以降まとめて書いてみたいと思います。今日はもうつかれたのでおしまい。

作業日誌:170523 - Twitterを始めて10年経過

今日のBGM : MADELINE AVA - In the aeroplane over the sea

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 普通の女の子がふつうにウクレレで唄ってるって感じでいい。ライブのビデオ見たらマジでその通りでさらによかった。いい声。

作業日誌

 朝からもう一個。別の病院。検査アンドおクスリ。この薬は半年ぶりくらいなんだけど副作用がキツい。去年に飲んでる時はほとんど何も感じなかったんだけど、体がだるい、眠い、手が震える。帰宅して14:00。ベッドに横になって一日が終わってしまった。いま21:00で夜のぶんの薬を飲んで作業しようかと思ったけどやはり手が震えている。タイプはできている。

Twitterを始めて10周年

 わたしがTwitterを始めたのは2007年4月とTwitterの私のページに書いてあるので、先月で10周年だったということに気づいた。10年前は大阪のとある会社でウェブデザイナーとして働いていて、その仕事中にはてな経由でTwitterのことを知りアカウントを作った。当時はてなにいた主要な(というのも変だが)人たちはこぞってアカウントを作っていたのであの辺の人たちもみんな10周年だろう。

やっぱり副作用がキツい

きょうはここまで

作業日誌:170522 - 個人的な逸脱、猫の好奇心

今日のBGM : Akufen - Seizure Salad [Karat Records – KARAT 57]

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 こーいう音楽の発明者、オリジネイター、Akufenの新しいEPからの曲です。
 Akufenはデビューアルバム『My Way』というかたぶんDeck The HouseのEPだと思うんだけど手法が衝撃で、そのあとこーいうカットアップという技法ありきの曲がガンガン作られるようになった。
 久しぶりに新しい曲を聴いてみたら、まあ同じような感じですね。洗練はされている。SquarepusherPrefuse 73もそうなんだけどエレクトロニック音楽ではある技法が発明されるとむちゃくちゃな衝撃とともにあっという間にコピーされる、そしてその発明者はそのあとどーすんのという難しい道を歩むことになる。興味のある人はJeep SexやDeck The Houseも聴いてみてください。古いけど、はっきり言ってそっちの方がいいです。

個人と常識

 だれかと、そのひとからのある問いかけや問題があって、それをそのひとと共有するというかなげかけられた際に、わたしとしてはどうしてもその問題を逸らせるわけにはいかないというか、正面から受けとめないといけないということがあって、それは相手が子どもだろうが未成年だろうか老人だろうが犯罪者だろうが恋人だろうが変わらないという確信がある。その際に、この社会のルールや法律、常識といったものを第一に考えるべきなのかというと難しい。やっぱ違うんじゃないかと。それら(ルールや法律、常識)の範囲内で何とかなること、答えの出ることならそもそもそのひとにとっての問題にすらならないのであって、それらと自分の感覚はどう考えても違う、逸脱する、そしてその逸脱は、ものすごく個人的で抜き差しならない逸脱でもある。

 けっきょくのところ、相手に対して「お前がたとえ人殺しでも私は味方だ」といえるのかどうか、そしてそれが言えないのなら、私がその人の友人であったり親であったり恋人であったりする必要はないのではないか。自分が法律や常識と同じことしか言えないのなら、その人は私でなく法律や常識に相談するだろう。と理屈では思うんだけど、難しい問題ですね。

作業日誌

 猫はすべてを
 理解していないかもしれないが
 好奇心を失うことはない
 わたしが冷蔵庫を開けるとき
 まいにち猫は冷蔵庫のなかを眺め
 わたしがまないたでなにかを切っているとき
 まいにち猫はそれをみせろという
 猫はそれらすべてを
 理解することはないのかもしれないが
 好奇心を失うことはない

作業中の一枚

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